少女と雨

少女がいま校庭の隅に佇(たたず)んだのは
其処(そこ)は花畑があって菖蒲(しょうぶ)の花が咲いてるからです

菖蒲の花は雨に打たれて
音楽室から来るオルガンの 音を聞いてはいませんでした

しとしとと雨はあとからあとから降って
花も葉も畑の土ももう諦めきっています

その有様をジッと見てると
なんとも不思議な気がして来ます

山も校舎も空の下(もと)に
やがてしずかな回転をはじめ

花畑を除く一切のものは
みんなとっくに終ってしまった 夢のような気がしてきます


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ひとくちメモ

「少女と雨」は
はじめ「梅雨二題」の第1節でした。

「梅雨二題」は
「少女の友」昭和12年9月号に発表されるはずでしたが
なんらかの理由で発表されず
同誌8月号に
第2節だけが「梅雨と弟」の題で発表されました。

したがって
「少女と雨」は
生前未発表となりましたが
中原中也没後に
「文学界」の中原中也追悼号(昭和12年12月)に
発表され第二次形態となりました。

「文学界」の中原中也追悼号には
「少女と雨」のほかに
「桑名の駅」
「僕が知る」
「無題」が
「中原中也遺作集」として掲載されました。

「梅雨と弟」の第一次形態
すなわち「梅雨二題」第2節は
昭和12年(1937年)の5月―6月の
制作と推定されていますから
「少女と雨」も
同時期の制作ということになります。

「少女と雨」はこのようにして成立しましたから
内容も自ずと「梅雨と弟」と似ていますが
一方は「弟」が主題であるのに対し
一方は「少女」が主題になりました。

小学生らしい少女が
雨の日、校庭の隅にたたずみ
菖蒲の花を眺めている情景は
「在りし日の歌」の「六月の雨」を想起させますが
「眼うるめる 面長き女」が
成熟した女性を思わせるのに
こちらの女性は少女です。

こちらの少女は
いつしか
詩人になりかわって
シトシトと降り続ける雨をジッと見て
不思議な感じを抱くその人になります。

山も校舎も……
空の下で静かに回転しはじめ
眼前の花畑以外のすべてのものが
視野から後退し
どこかへ消えてなくなって
白日夢の中に取り残されます……。


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