わが喫煙

おまえのその、白い二本の脛(すね)が、
  夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、
にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。
  店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、
私がそれをみながら歩いていると、
  おまえが声をかけるのだ、
どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。

そこで私は、橋や荷足を見残しながら、
  レストオランに這入(はい)るのだ――
わんわんいう喧騒(どよもし)、むっとするスチーム、
  さても此処(ここ)は別世界。
そこで私は、時宜(じぎ)にも合わないおまえの陽気な顔を眺め、
  かなしく煙草(たばこ)を吹かすのだ、
一服(いっぷく)、一服、吹かすのだ……

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ひとくちメモ

これ以上
何を望んだのだろうか
何を求めたのだろうか

中原中也と長谷川泰子の
二人だけの時間が
14行に
濃密に刻まれました。

二人の距離は
もやは、ない、
といえるほどに近い
港町、横浜あたりへのデート。

幾分か、
誇らしげでもある
詩人の心根が見えます。

こんな時もあったのだ。
にも拘わらず
自分の女ではない
自分の伴侶ではない

いや、そういうことではありません。

自分の気持ちには応えていない女。
一緒に、デートを楽しんでいるけれど
自分を心底で好いてくれてはいない女。

いったん、ひびの入った心と体に
ふたたび電流が通うことはないであろうと
わかっていてもなすすべがない

憎い……

恋は
こうして
ますます
高じていきました。

詩集「山羊の歌」は
「少年時」から後半に入りますが
「少年時」の2番目の
「盲目の秋」にはじまり
「羊の歌」を除く連続18篇が
「白痴群」に発表した作品です。

「少年時」9篇のうち8篇
「みちこ」5篇のすべて
「秋」5篇のすべて
合計18篇が
1929年(昭和4年)から1930年の
足掛け1年
中原中也が傾注した同人誌
「白痴群」に発表された作品なのです。

「わが喫煙」は
1930年4月発行の
「白痴群」第6号に掲載されました。
第6号で同誌は廃刊になりました。


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