六月の雨

またひとしきり 午前の雨が
菖蒲(しょうぶ)のいろの みどりいろ
眼(まなこ)うるめる 面長(おもなが)き女(ひと)
たちあらわれて 消えてゆく

たちあらわれて 消えゆけば
うれいに沈み しとしとと
畠(はたけ)の上に 落ちている
はてしもしれず 落ちている

お太鼓(たいこ)叩(たた)いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びます

お太鼓叩いて 笛吹いて
遊んでいれば 雨が降る
櫺子(れんじ)の外に 雨が降る

<スポンサーリンク>

ひとくちメモ

「六月の雨」の初出は、
昭和11年(1936年)「文学界」6月号でした。

第6回「文学界賞」(昭和11年7月号発表)の応募作で
選外2席となった作品です。
この時の受賞作は、
岡本かの子の小説「鶴は病みき」でした。
中原中也が受賞を逃した作品として知られています。

応募作だけあって、というと、
他の作品が、そうでない、
というわけではありませんが、
佳品です。
名品です。

制作は、昭和11年4月と推定され、
この時、長男の文也は1歳半、
眼に入れても痛くはない可愛さ盛りです。

日曜日である、ある日の朝は、雨でした。
窓辺に立つ詩人は、
緑あざやかな菖蒲の葉に
いっそう映えた濃紺の花びらが
雨に打たれている光景をじっと眺めています。

すると、
潤(うる)んだ瞳の
面長(おもなが)の貌(かお)の女が、
雨の中に現れては消えていきました。

現れては消えていくと
私の心は憂いに沈み
しとしとと雨は
畑の上に落ちています
いつ止む気配もみせず落ちています。

この第1連から第2連への
絶妙なつながり!
そして、第3、第4連への
場面転換……

お太鼓たたいて
笛吹いて。
文也とおぼしき子ども
それはまた、
詩人の幼きころの姿に重なります
畳の上で遊んでいるのです。

外は、ピチピチ チャプチャプ
6月の雨は降り止みません。

面長き女は、
ここでも、長谷川泰子でしょうか。
泰子は、こういうシーンに似合います。

お得意の4-4-3-3のソネット
流麗感のある七五調
色彩豊かなイメージ
リズム、リズム!
……

名品ですから
中也の口惜しがりぶりが見えるようです。


<スポンサーリンク>