夜更け

夜が更(ふ)けて帰ってくると、
丘の方でチャルメラの音が……

夜が更けて帰って来ても、
電車はまだある。

……かくて私はこの冬も
夜毎(よごと)を飲んで更かすならいか……

こうした性(さが)を悲しんだ
父こそ今は世になくて、

夜が更けて帰って来ると、
丘の方でチャルメラの音が……

電車はまだある、
夜は更ける……

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ひとくちメモ

「夜更け」は
「白痴群」第6号への発表作品
昭和5年(1930年)1〜2月制作(推定)です。

「白痴群」第6号は
最終号となったもので
全64ページのうちの38ページを
中原中也の作品が占めました。
 
「落穂集」のタイトルで
「盲目の秋」
「更くる夜」
「わが喫煙」
「汚れつちまつた悲しみに……」
「妹よ」
「つみびとの歌」
「無題」
「失せし希望」の8篇

「生ひ立ちの歌」のタイトルで
「生ひ立ちの歌」
「夜更け」
「雪の宵」
「或る女の子」
「時こそ今は……」の5篇

このほかに
評論「詩に関する話」を
掲載しました。

これらの詩篇のほとんどは
やがて第一詩集「山羊の歌」に収録されますが
この「夜更け」と
「或る女の子」の2篇だけは
収録されませんでした。

それにしても
詩人の名を高からしめた
名作の数々が
「白痴群」最終号に
惜しげもなく投入された観があります。

「夜更け」が制作された
昭和5年(1930年)1〜2月に
詩人は豊多摩郡中高井戸に住んでいましたから
チャルメラの音が聞えてくる丘は
現在の杉並区近辺のどこかのことでしょうか。

夜遅くにも通っている電車とは
現在の中央線のことでしょうか
どことなく
武蔵野の面影が
行間から漂い出ています。

詩人は
銀座あたりの酒場で飲んで
省線を新宿経由で帰り
西荻窪駅で下車して南方面へ
家路をたどった冬の遅い夜に
屋台のラーメンを食べたことがあったのでしょうか。

ラーメンの汁を啜りながら
思いがけず浮んできた
亡き父の顔は
悲しみに歪んで……


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