童 謡

しののめの、
よるのうみにて
汽笛鳴る。

心よ
起きよ、
目を醒(さ)ませ。

しののめの、
よるのうみにて
汽笛鳴る、

象の目玉の、
汽笛鳴る。

(一九三三・九・二二)


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ひとくちメモ

「童謡」は
「京浜街道にて」と同じ
1933年9月22日の日付をもつ作品で
「小唄二篇」第1節の
第1次形態であることがわかっています。

口に出して歌われることを想定して
作られたことが確かで

575
435
575
75
と、きれいな音数律でまとめられています。

汽笛は、
よく現れるモチーフで
「在りし日の歌」中の「頑是ない歌」で

思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いづこ

――と歌いだされるフレーズなどは
よく知られています。

中原中也は
生まれて約半年後に
父謙助の任地であった旅順へ
母フクらに連れられていきます。

記憶に残るはずもない
この「経験」を
詩人は
母フクから折りに触れて
聞かされて、
みずみずしく記憶にとどめるのです。
そしてしばしば
あたかも原体験であるかのように
詩に歌いました。

この世に生まれ出て半年の
汽笛の音は
どんなものだったでしょうか。
象の目玉のイメージを刻む
巨大な「音」だったのでしょうか。

乳児の耳をつんざく
汽笛の音に
目を見開いて
象の目玉になったのは
詩人自身であったようにも
取れるところに味があります。


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