雀の声が鳴きました
雨のあがった朝でした
お葱(ねぎ)が欲しいと思いました

ポンプの音がしていました
頭はからっぽでありました
何を悲しむのやら分りませんが、
心が泣いておりました

遠い遠い物音を
多分は汽車の汽笛(きてき)の音に
頼みをかけるよな心持

心が泣いておりました
寒い空に、油煙(ゆえん)まじりの
煙が吹かれているように
焼木杭(やけぼっくい)や霜(しも)のよう僕の心は泣いていた

(一九三四・四・二二)


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ひとくちメモ



「朝(雀の声が鳴きました)」は
「昏睡」
「夜明け」
「狂気の手紙」とともに
1934年4月22日の日付をもつ作品です。

「狂気の手紙」を除く3篇は
「いちぢくの葉(夏の午前よ、いちぢくの葉よ)」とともに
小林秀雄が編集責任者であった
季刊誌「創元」の第1輯に掲載されました。

「創元」は
昭和21年12月30日に発行されたもので
制作されてから12年後の
没後発表作品ということになります。

「夜明け」と近似する内容ですが
こちらのほうが
やや定型を志向し
3-4-3-4の中に収められましたし

鳴きました
朝でした
思ひました
ゐました
ありました
をりました
をりました
という
丁寧語(ですます調)で
過去形を連続使用して

心が泣いてをりました
というリフレイン

そして
最終行を
僕の心は泣いてゐた
と、丁寧語を解除して
である調で断言的に
過去形で結びました。

その上に
お葱(ねぎ)が欲しいと思ひました
とか
焼木杭(やけぼつくい)や霜のやう
とか……
詩人独特の「喩(ゆ)」が
交ざります。

もはや
かがやかしい朝ではなく
何が悲しいのか
わからないまま
心は泣いている朝なのです。

油煙まじりの煙、とは、
吹かれて
どこかに飛んでいってしまうような
はかなげな煙ではなくて
吹かれても吹かれても
尾を引いたように
すじとなって流れるような
粘り気のある煙のことでしょうか。

その油煙のように
焼木杭(やけぼつくい)のように
霜のように
僕の心は泣いていた。

雀が鳴き、雨があがった朝でしたが
ぼくは、大好物の葱が
無性に食べたいのです。

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