夕 照

丘々は、胸に手を当て
退(しりぞ)けり。
落陽(らくよう)は、慈愛(じあい)の色の
金のいろ。

原に草、
鄙唄(ひなうた)うたい
山に樹々(きぎ)、
老いてつましき心ばせ。

かかる折(おり)しも我(われ)ありぬ
少児(しょうに)に踏まれし
貝の肉。

かかるおりしも剛直(ごうちょく)の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る。

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ひとくちメモ

大岡昇平は、
戦地でこの詩の一節を口ずさんで
苦しい時をやり過ごした、と言っています。
「野火」「レイテ戦記」の作家が
この詩に何を感じていたのかを思って、
この詩を読んでみる価値がありそうです。

鄙唄(ひなうた)の歌い手は
誰なのか。

丘々が向こうの方に
女性が胸に手をあてがって
祈っているかのように見えます。

金色の落陽は
慈愛に満ちて……
草原から鄙唄が聞こえ
山の木々はつましい……

ここに
母がいます。

母を思っている私は
この時
子どもが踏んづけた貝を見るのです。

「貝の肉」をどう解するか、さまざまですが、

人の世は悲しみのあふれる
いかんともしがたい不条理な世界、
それを「少児に踏まれし貝の肉」と表現しました。

こんなときであるからこそ
剛直な心を保ち
奥ゆかしくあきらめよう

じっとこらえて
腕組んで
歩いてゆくのが詩人です。


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