秋の夜空

これはまあ、おにぎわしい、
みんなてんでなことをいう
それでもつれぬみやびさよ
いずれ揃(そろ)って夫人たち。
    下界(げかい)は秋の夜(よ)というに
上天界(じょうてんかい)のにぎわしさ。

すべすべしている床の上、
金のカンテラ点(つ)いている。
小さな頭、長い裳裾(すそ)、
椅子(いす)は一つもないのです。
    下界は秋の夜というに
上天界のあかるさよ。

ほんのりあかるい上天界
遐(とお)き昔の影祭(かげまつり)、
しずかなしずかな賑(にぎ)わしさ
上天界の夜の宴。
    私は下界で見ていたが、
知らないあいだに退散した。

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ひとくちメモ

6行3連の、各連第5行を字下げとする、
めずらしいフォームです。

字下げの行は「下界」
以外は「天界」
いずれも秋の夜が歌われています。
下界から見上げている
天上界の夜の宴(うたげ)のようすを描きます。

高貴な奥様たちが
賑わしくパーティーの真っ最中。
ああでもないこうでもない、と
おしゃべりしているのです。

磨かれてすべすべした床、
カンテラの灯りは金色です
小さな頭、とは、
中原中也らしい観察眼!
八頭身の美女を思わせる
日本人離れした女性たち。

彼女らが着ているのは、
床を引きずる長い裾のドレス。
みなさん立っていて、
椅子を置いていない
立食パーティーです。

ギラギラした明るさではなく
ほんのり明るい上天界は
遠い昔の影祭りのような
静かな夜の宴になっています。

ぼくはそっとその様子を見ていましたが……。
知らない間に、
みなさんいなくなってしまいました。
と、宴の終わりと同時に
ぼくが空想する
天上界も見えなくなります。

ぼくのいる下界は
寂しい秋の夜です……。

詩人の夜空では
ほんのりあかるく
静かな賑わしさの中で
夫人たちの宴が
行われていました。

この安らかで、はかないイメージは
詩人が空に求めたもの……。
字義通りに読める作品ですが

第1連
「それでもつれぬみやびさよ。」
第2連
「椅子は一つもないのです。」
第3連最終行
「知らないあいだに退散した。」

この3行に
詩人の孤独、隔絶感、疎外感覚はあります。

平明平凡に見える詩ながら
影祭りは遠く(距離)
遠い日(時間)のことでした。

と、読んでいくと
非凡さが立ち現れてきます。

秋の夜空は遠く
秋の夜空は遠い昔の影祭り……。
なのです。


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