冬の明け方

残(のこ)んの雪が瓦(かわら)に少なく固く
枯木の小枝が鹿のように睡(ねむ)い、
冬の朝の六時
私の頭も睡い。

烏(からす)が啼(な)いて通る――
庭の地面も鹿のように睡い。
――林が逃げた農家が逃げた、
空は悲しい衰弱。
     私の心は悲しい……

やがて薄日(うすび)が射し
青空が開(あ)く。
上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。
――四方(よも)の山が沈み、

農家の庭が欠伸(あくび)をし、
道は空へと挨拶する。
     私の心は悲しい……

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ひとくちメモ

「冬の明け方」は、
「歴程」昭和11年(1936年)4月号に発表された
昭和10年11月制作の作品です。

雪を歌っているのですが
雪といっても、
雄大な山脈に残る雪や
降りしきる雪ではなく、
瓦屋根に、
少しだけ固まった「残んの雪」。
わびしい雪です。

あそこの瓦屋根の残り雪は
少ししかなくて、
固そうで
庭の枯れ木の小枝は、
鹿のように眠い。
冬の朝6時、
私の頭もまだ目覚めておらず
眠い。

カラスが鳴いて通ってゆく
庭の地面もまだ、
鹿のように眠たそう。

―――林が逃げた農家が逃げた、

これは、中也がよく使うレトリックの一つ
林が逃げた、というのは、
林がどこかに行ってしまった、というのではなく
林もまだ目覚めておらず
そこにあるのだけれど、
ないのも同然という、
不在感を表現したもの。

農家も、
同様に解すことができるでしょう。
林も農家も
まだ、冬の朝に、目覚めていないのです。

だから、
空は悲しい衰弱。

私も、
心は悲しい……

でも、やがて、日がのぼり
薄日がさし、
青空が開かれる。
空の上の方では
万能の神ジュピターが
大砲を撃ち鳴らし、
太陽が輝く時になる。
周囲の山山は、沈んでゆき、

農家の庭先で、
生き物がようやく朝を迎え、
道も眠りから覚めるのだけど、
私の心は
悲しいままです。


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