一夜(ひとよ) 鉄扉(かねど)の 隙(すき)より 見れば、
 海は轟(とどろ)き、浪(なみ)は 躍(おど)り、
私の 髪毛(かみげ)の なびくが ままに、
 炎は 揺れた、炎は 消えた。

私は その燭(ひ)の 消(き)ゆるが 直前(まえ)に
 黒い 浪間に 小児と 母の、
白い 腕(かいな)の 踠(もが)けるを 見た。
 その きえぎえの 声さえ 聞いた。

一夜 鉄扉の 隙より 見れば、
 海は 轟き、浪は 躍り、
私の 髪毛の なびくが ままに、
 炎は 揺れた、炎は 消えた。

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ひとくちメモ

「夢」は
昭和11年7月15日を発行日とする
「鵲」第10号に発表されました。
 
「鵲」は
「かささぎ」と読み
カラスの仲間の鳥のことです。
 
当時
満州の大連市で発行されていた
文学同人誌で
大分・国東出身の詩人・滝口武士が編集人
目次がなく
代わりに執筆者一覧があり
 
春山行夫
中原中也
安西冬衛
立原道造
阪本越郎
村野四郎
 
といった
知る人ぞ知る
錚々(そうそう)たるメンバーが
名を連ねていました。
 
昭和11年6月23日の日記に
文学界八月号と「鵲」第十輯に詩稿発送
とあることから
制作日もこの日
昭和11年(1936年)6月23日と推定されています。
 
一見して
「分かち書き」の詩であることが
目に飛び込んできますが
これは
当時、岩野泡鳴が提唱し
広まっていた詩の表記法で
中原中也も
これを「曇天」などで
実践していることは有名です。
 
2-3-4音を
基本にした音数律ですが
詩人はここで
第7行、8行に
5音を交えて
オリジナリティーを打ち出し
破調を楽しんでいるかのようなつくりです。
 
詩の内容といえば
これも
詩人が時々作るフィクションか
古代神話か何かの一つで
 
ある夜のこと
鉄の扉の隙間を覗(のぞ)くと
大荒れの海は轟(とどろ)き
私の髪の毛は強風に靡(なび)いて
炎が揺れては消えていったのが見えた
 
炎が消える直前
子どもとその母親が
荒れる海の波間にさらわれ
真っ白い腕をもがれて
消えて行くのを見た
という物語の断片です。
 
それを
夢として
歌っている詩です。
 
メディアに合わせて
色々な試みを工夫したようですが
音感を重んじた詩人のことで
ここでは
 
ヒトヨ
カネドノ
スキヨリ
ミレバ
 
ウミハ
トドロキ
ナミハ
オドリ
 
ワタシノ
カミゲノ
ナビクガ
ママニ
 
ホノオハ
ユレタ
ホノオハ
キエタ
 
この音数律を
味わうだけでも
楽しいものです。


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