干 物

秋の日は、干物(ひもの)の匂(にお)いがするよ

外苑の舗道しろじろ、うちつづき、
千駄ヶ谷、森の梢のちろちろと
空を透かせて、われわれを
視守(みまも)る 如(ごと)し。

秋の日は、干物の匂いがするよ

干物の、匂いを嗅(か)いで、うとうとと
秋蝉(あきぜみ)の鳴く声聞いて、われ睡(ねむ)る
人の世の、もの事すべて患(わず)らわし
匂を嗅いで睡ります、ひとびとよ、

秋の日は、干物の匂いがするよ

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ひとくちメモ

「早大ノート」(1930〜1937)の1番目にある作品。

「干物」は、
鯵(あじ)や、カマスや、エボダイや
烏賊(いか)や、スルメなどを、
道端に設置した台に並べ
太陽光線に当てて、干すという
いわゆる、天日干し(てんぴぼし)をする風景が
すこし昔のこと
東京でも、
水辺の町や川筋の町などで
見られたものです。

できあがりが「干物」(ひもの)で
そこには、独特の香りが漂っていました。

外苑は神宮外苑のことで、現新宿区、
千駄ヶ谷は、現渋谷区の地名で、
どちらも、山の手の町ですから
干物の天日干しがあったかどうか……
乾物屋さんからの匂いなのかも知れませんが、
天日干しの風景が
なかったとは断言できません。

詩人は
干物を秋の風景として感じ
その香りを嗅ぎながら
午睡(ひるね)する
幸せな時間を歌います。

詩人は、
千駄ヶ谷や南新宿に住んだことがあり
神宮の森にはしばしば出かけたことが思われます。

潮の香りが
プンと鼻孔をくすぐり
海辺にいるような
やさしい時間です。

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