酒場にて(初稿)

今晩ああして元気に語り合っている人々も、
実は元気ではないのです。

諸君は僕を「ほがらか」でないという。
然(しか)し、そんな定規(じょうぎ)みたいな「ほがらか」は棄て給(たま)え。

ほんとのほがらかは、
悲しい時に悲しいだけ悲しんでいられることでこそあれ。

さて、諸君の或者(あるもの)は僕の書いた物を見ていう、
「あんな泣き面で書けるものかねえ?」

が、冗談じゃない、
僕は僕が書くように生きていたのだ。

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ひとくちメモ

「酒場にて」は、
(初稿)と(定稿)とがあり

初めて作った作品を初稿
それに手を加え完成させたものを

定稿=決定稿としたものですから
before & after(推敲→完成)の実際を

垣間(かいま)見ることのできる

愉(たの)しさがあります。

意味が
二重三重の幅を与えられ
そうして後、
原初のシンプルな意味に
立ち戻るのがわかったり、

やっぱりここは、
ここを削って
こちらを前面に出したほうがよい、とかの、
試行を重ねた形跡が見えたり、

決定稿より
初稿のほうが
明快で成功している作品であったり、
その逆だったり、

いろいろなことが
見えてきたりします。

詩作過程で
いろいろなことが
行われていることが
わかるのですが、

「酒場にて」は
やはり、
酒場の詩人が、
ただ酒を飲んで騒いでいる人ではないことを
言いたくなるような
詩人論が
生まれる場でもあるようなことが
面白いことです。


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