小 景

河の水は濁(にご)って
夕陽を映して錆色(さびいろ)をしている。
荷足(にたり)はしずしずとやって来る。
竿(さお)さしてやって来る。
その船頭(せんどう)の足の皮は、
乾いた舟板の上を往(い)ったり来たりする。

荷足はしずしずと下ってゆく。
竿さして下ってゆく。
船頭は時偶(ときたま)一寸(ちょっと)よそ見して、
竿さすことは忘れない。
船頭は竿さしてゆく。
船頭は、夕焼の空さして下る。

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ひとくちメモ

「小景」は
ここに至る3作品が
太字用ペン、黒インクで書かれていたのと異なり
太字用ペン、ブルーブラックのインクで書かれ
筆跡は同じながら
文字が小ぶりになり
以後、「ノート翻訳詩」の未発表詩篇は
すべてこれと同様の書かれ方になります。

ペンを複数持っていたのか
インクだけ取り替えることができたのか
詩人が
インクの色を変える作業をしている姿が
目に浮びます。

インクを変えて
作られた詩は
さて、どこの景色なのでしょうか――。

第1連第3行の「荷足」は
「荷足り船(にたりぶね)」のことで
関東の河川や江戸湾で
小荷物の運搬に使われた
小形の和船を指します。
船という字が省略されて
「荷足=にたり」といえば
「荷足り船」を指すことが多かったようです。

この詩を書いた当時
詩人は
荏原郡馬込町北千束に住んでいましたから
東京湾方面へ足を運んだことが
あったに違いなく
そこで荷足り船を見かけたのでしょうか。

あるいは
隅田川方面への散策で
運河を通行する
荷足り船を
目撃したのでしょうか。

詩人の眼差しは
そのときに見た
「船頭」へと向けられてゆくのが
いかにも詩人好みのモチーフにつながり
「荷足」は実は
船頭を登場させるための
動機にほかならないことが後で分かってきます。

船頭が単身で船を操る動きを
詩人は追いかけます。

周到で
細心で
大胆で
軽妙で
権力的で
ずるがしそうでもあり
誠実そうでもあり
ゆるぎない
……

詩人に
どこか似ているものをも
見つけたのでしょうか。
船頭の仕草を見る眼には
人間を観察する眼があります。


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