(宵の銀座は花束捧げ)

宵(よい)の銀座は花束捧(ささ)げ、
舞うて踊って踊って舞うて、
我等(われら)東京市民の上に、
今日は嬉(うれ)しい東京祭り

今宵(こよい)銀座のこの人混みを
わけ往く心と心と心
我等東京住いの身には、
何か誇りの、何かある。

心一つに、心と心
寄って離れて離れて寄って、
今宵銀座のこのどよもしの
ネオンライトもさんざめく

ネオンライトもさざめき笑えば、
人のぞめきもひときわつのる
宵の銀座は花束捧げ、
今日は嬉しい東京祭り


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ひとくちメモ

三原山の自殺者を歌った
1933年の2月から4月末に比べて
詩人を取り巻く状況に
変化があったのか
なかったのか。

(宵の銀座は花束捧げ)は
6月末の制作と推定されていますが
軽快なリズムを感じさせる作品になりました。

リズムというより
道化調を
感じるべきなのかもしれません。

中也26歳。
元気な詩人です。
花の銀座を歌っています。
珍しく、
屈託の一つもなく
イロニーもなく
東京市民であることの誇りを
一途(いちず)に歌う詩人がいます。

と、読むことができる一方で
少し異なる読み方もあります――。

ラアラアラアと
へし曲がってしまった
シャツの襟を直そうともせずに
繁華街をがなり歩く
サラリーマンの一行。

「都会の夏の夜」の風景の
サラリーマンこそいないけれど
銀座の街を行く人々に
何か誇りの、何かある
なんともいえない嬉しさの秘密……。
なんだかわからないけど
生きている喜びのようなもの。
東京祭りで
うかれ
はしゃぎ
踊り
歌う
そして
やがては
ものみな沈黙する
おもしろうて
やがて
かなしき
ひとのいのちの
おまつりに
花束捧げて
東京祭り――。



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