首吊人等の踊り

愛嬌のある不具者(かたわもの)=絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の、痩せたる刺客等、
サラジン幕下の骸骨たちが。

ビエルジバブ閣下事には、ネクタイの中より取り出しめさるる
空を睨んで容子振る、幾つもの黒くて小さなからくり人形、
さてそれらの額(おでこ)の辺りを、古靴の底でポンと叩いて、
踊らしめさるる、踊らしめさるる、ノエル爺(じじい)の音に合せて!

機嫌そこねたからくり人形(パンタン)事(こと)には華車(ちゃち)な腕をば絡ませ合って、
黒い大きなオルガンのよう、昔綺麗な乙女達が
胸にあててた胸当のよう、
醜い恋のいざこざにいつまで衝突(ぶつかり)合うのです。

ウワーッ、陽気な踊り手には腹(おなか)もない
踊り狂えばなんだろとままよ、大道芝居はえてして長い!
喧嘩か踊りかけじめもつかぬ!
怒(いき)り立ったるビエルジバブには、遮二無二(しゃにむに)ヴィオロン掻きめさる!

おお頑丈なそれらの草履(サンダル)、磨減(すりへ)ることとてなき草履(サンダル)よ!……
どのパンタンも、やがて間もなく、大方肌著を脱いじまう。
脱がない奴とて困っちゃおらぬ、悪くも思わずけろりとしてる。
頭蓋(あたま)の上には雪の奴めが、白い帽子をあてがいまする。

亀裂(ひび)の入(はい)ったこれらの頭に、烏は似合いのよい羽飾り。
彼等の痩せたる顎の肉なら、ピクリピクリと慄えています。
わけも分らぬ喧嘩騒ぎの、中をそわそわ往ったり来たり、
しゃちこばったる剣客刺客の、厚紙(ボール)の兜は鉢合わせ。

ウワーッ、北風ピューピュー、骸骨社会の大舞踏会の真ッ只中に!
大きい鉄のオルガンさながら、絞首台氏も吼(ほ)えまする!
狼たちも吠えてゆきます、彼方(かなた)紫色(むらさきいろ)の森。
地平の果では御空が真ッ赤、地獄の色の真ッ赤です……

さても忘れてしまいたいぞえ、これら陰気な威張屋連中、
壊れかかったごつごつ指にて、血の気も失せたる椎骨の上
恋の念珠を爪繰る奴等、陰険(いや)な奴等は忘れたいぞえ!
味もへちまも持ってるもんかい、くたばりきったる奴等でこそあれ!

さもあらばあれ、死人の踊の、その中央(ただなか)で跳ねている
狂った大きい一つの骸骨、真ッ赤な空の背景の前。
息(いき)も激しく苛立ちのぼせ、後脚(あとあし)跳ねかし牡馬の如く、
硬い紐をば頸には感じ、

十(じゅう)の指(および)は腰骨の上、ピクリピクリと痙攣いたし、
冷笑(ひやかしわらい)によく似た音立て、大腿骨(こしのおおぼね)ギシギシ軋らす、
さていま一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの際中(さなか)、
も一度跳ねる、掛小舎で、道化が引ッ込む時するように。

愛嬌のある不具者(かたわもの)=絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の痩せたる刺客等、
サラジン幕下の骸骨たちが。

〔一八七〇、六月〕

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ひとくちメモ その1

Bal des pendusは
「首吊人等の踊り」と中原中也は訳し、
「ドゥエ詩帖」にある1篇。

第1連と第11連が
3字下げの形となっているのは
ベリション版の通りで
プロローグとエピローグの役割を持っています。

「首吊人等の踊り」では
訳語に独特の工夫があるのが目立ちますが
その中でも
中原中也が振ったルビが大変ユニークです。

これは
ランボーの原詩の「遊び」を
なんとかして訳そうとしたためのようですから
そこのところを理解して
「翻訳の工夫」もとっぷりと味わいたいものです。

現代表記にして
読んでみますが、
まずは原作(翻訳)と比べながら
訳語やルビのユニークさに注目してみましょう。

首吊り人らの踊り

愛嬌のある不具者(かたはもの)=絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の、痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。

冒頭から
「不具者(かたはもの)=絞首台氏」が難解ですが
「絞首台氏」は、「絞首台さん」の意味でしょうか――。
ギロチン(断頭台)で死刑が執行されるシーンを想像すれば
似たようなイメージになるかもしれません、

ギロチンにかけられる囚人たちを
「絞首台さん」と名付けて、
「ほとり」は、「そば」「近辺」ですから
「ギロチンのそば」で踊る様子が
プロローグとなっている詩であることが見えてきます。

踊るのは、
昔の刺客ら、
悪魔の家来で、痩せこけた刺客ら、
サラジンの家来のドクロたち。

いよいよ
「死の舞踏」の幕開きです。

ピエルジバブ閣下におかれましては、ネクタイの中からお取り出しなさいました
空(くう)をにらんで格好をつける、いくつもの黒く小さなカラクリ人形、
さて、それらのおでこのあたりを、古靴の底でポンっとたたいて、
踊らされている、踊らされている、ノエル爺さんの音に合わせて!

ひとくちメモ その2

中原中也訳の「首吊人等の踊り」Bal des pendusを
読み進めましょう。

前回少し読んだ
冒頭部分も含めて
一挙に全文を読みます。

愛嬌のある不具者(かたわもの)・絞首台さんのそのそばで、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客ら、
悪魔の家来の、痩せたる刺客ら、
サラジン幕下のガイコツたちが。

ピエルジバブ閣下におかれましては、ネクタイの中からお取り出しなさいました
空(くう)をにらんで格好をつける、いくつもの黒く小さなカラクリ人形、
さて、それらのおでこのあたりを、古靴の底でポンっとたたいて、
踊らされている、踊らされている、ノエル爺さんの音に合わせて!

機嫌をそこねたカラクリ人形たちは、きゃしゃな腕を絡ませあって
黒い大きなオルガンのよう、昔、綺麗な乙女たちが
胸に着けてた胸当てのよう、
醜い恋のいざこざに、いつまでもぶつかりあっているのです。

うわーっ、陽気な踊り手にゃあ、お腹もない
踊り狂えばなんであろうと勝手よ、大道芝居はたいがい長いさ!
喧嘩踊りか、けじめもつかない!
怒ったビエルジバブは、遮二無二、バイオリンを引っ掻きなさる!

おお 頑丈なそのサンダル、磨り減ることももないサンダルよ!
どのバンタン(カラクリ人形)も、やがてまもなく、ほとんどみんなが肌着を脱いじゃう
脱がないヤツだって困っちゃいない、悪くも思わずケロリとしている。
頭の上には、雪のヤツめが、白い帽子をあてがいました。

ヒビの入ったこれらの頭に、カラスは似合いのよい羽飾り。
彼らの痩せた顎の肉なら、ピクリピクリと震えています。
わけも分からぬ喧嘩騒ぎの、中をソワソワ行ったり来たり、
しゃちこばってる剣客刺客の、ボールの兜は鉢合わせ。

うわーっ、北風びゅーびゅー、ドクロ社会の大舞踏会の真っ只中に!
大きい鉄のオルガンみたいに、絞首台さん、吼えてます!
狼たちも吠えていきます、あっちの方の紫の森。
地平の果てでは天が真っ赤、地獄の色の真っ赤です……

どんなにか忘れてしまいたいぞ、これらの陰気な威張り屋連中、
壊れかかったゴツゴツの指で、血の気も失せた椎骨の上
恋の念珠をつまぐるヤツら、陰険なヤツらなんて忘れたいぞ!
味もヘチマも持ってるもんか、くたばりきったヤツらなんだから!

もうどうにでもなれとばかりに、死者の踊りの、真ん中で跳ねている
狂った大きい一個のガイコツ、真っ赤な天を背景にして。
息も激しく苛立ちのぼせて、後ろの足で跳ね、牝馬(ひんば)のように、
硬い紐を首に感じて、

10本の指は腰骨の上、ピクリピクリと痙攣し、
冷やかし笑いによく似た音で、大腿骨をギシギシ鳴らす、
さてもう一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの最中に、
もう一度跳ねる、掛け小屋で、道化が引っ込む時にやるように。

愛嬌のある不具者(かたわもの)・絞首台さんのそのそばで、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客ら、
悪魔の家来の、痩せたる刺客ら、
サラジン幕下のガイコツたちが。

以上が
中原中也の翻訳で読む
ランボーの「死の舞踏」です。

ひとくちメモ その3

中原中也訳の「首吊人等の踊り」Bal des pendusを読んでみましたが
何度も読んでいるうちに
初めて読んだ時には気づかなかった
リズム感や調子のよさ、歯切れのよさが分かってきて
また繰り返して読んでみれば今度は
ルビの振られ方が
単に「意味」を通じさせようとするものばかりではなく
音感・リズム感を生み出していることにも気づくのです。

たとえば、

おゝ頑丈なそれらの草履(サンダル)、磨減(すりへ)ることとてなき草履(サンダル)よ!……

――というフレーズは、

おゝ頑丈なそれらの草履(サンダル)、
磨減(すりへ)ることとてなき草履(サンダル)よ!……

7-4-4
4-4-7

頭蓋(あたま)の上には雪の奴めが、白い帽子をあてがひまする。

――というフレーズは、

頭蓋(あたま)の上には雪の奴めが、
白い帽子をあてがひまする。

4-4-7
7-7

といったように
意味に深みを与えつつ
ルビの音数で調子を取っています。

草履は
「ゾウリ」の3音ではダメで
「サンダル」の4音であることによって
7-4-4、4-4-7のリズムを刻むのです。

亀裂(ひび)の入(はい)つたこれらの頭に、烏は似合ひのよい羽飾り。

しやちこばつたる剣客刺客の、厚紙(ボール)の兜は鉢合わせ。

さもあらばあれ、死人の踊の、その中央(たゞなか)で跳ねてゐる

十(じふ)の指(および)は腰骨の上、ピクリピクリと痙攣いたし、

冷笑(ひやかしわらひ)によく似た音立て、大腿骨(こしのおほぼね)ギシギシ軋らす、

さていま一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの際中(さなか)、

――も、同じ効果を生んでいます。

( )の中のひらがなの文字数が大事で
ほかの読みにすると
音数律が壊れてしまいます。

繰り返し読んでみると
全行に
この音数律が仕込まれていることに気づきます。

サラヂン 第3次十字軍を相手に戦って勝利を収めた12世紀イスラム教国の君主。
ビエルヂバブ閣下 新約聖書で、悪鬼の長であり、サタンの同義語。ベルゼブルをさす。
容子振る もったいをつける。
ノエル爺(ぢぢい)の音に合せて 古いクリスマスの歌に合わせて、の意。

――などの難解語(句)は
「新編中原中也全集 第3巻・翻訳 本文篇」に
このように語註がついていますから理解できますが、
「絞首台氏のそのほとり」だけは
中原中也独自の「とっつきにくさ」で
「絞首台さん」「ギロチン氏」と解釈するのが
精一杯でした。

初めて読んだ時には
理解に苦しんでも
このようにして
段々、理解できてくる詩があり、
中原中也の訳は
意訳されない分だけ
原詩の「色」のようなものが
褪(さ)めないで立っているのが
すこぶるチャーミングなのです。

ひとくちメモ その4

Bal des pendusの
中原中也以外の翻訳を読んで
次に進むことにしましょう。

同時代訳は見当たらず
堀口大学の「ランボー詩集」はスルーしていますし
……
と、探していると
金子光晴、
粟津則雄、
鈴木創士、
鈴村和成、
宇佐美斉とあるのですが、
人文書院版「ランボオ全集」(昭和27年初版)に
村上菊一郎訳が見つかりましたから、
比較的古い訳であり
戦後早い時期の訳ということでもあるということで
これを読んでおきます。

新漢字を使用したほかは、
歴史的かな遣いのまま載せます。

首吊りの舞踏会

愛嬌者の不具(かたわ)の手棒(てんぼう)、あの黒々とした絞首台で、
そのかみの武人(もののふ)どもが、踊るわ、踊るわ、
悪魔の家来の痩せこけた武人(もののふ)どもが、
回教王(サラダン)麾下の骸骨どもが。

魔王ベルゼビュト閣下、空を睨んで渋面をつくりながら
黒い小さな傀儡(くぐつ)どもを襟飾りから取り出すと、
古靴の底でそいつらの額(ひたい)をポンと叩いては
いや踊らさる、踊らされる、昔のクリスマスの歌に合はせて!

拗ねて怒つたその人形ども、ひよろ長い腕と腕とを組み合わす。
かつては綺麗姫君たちに抱きしめられたこともある
胸はすつかりがらん洞で、黒いオルガンさながらに、
醜い恋慕の想ひに駆られ、いつまでもぶつかり合ふ。

うわッ! この陽気な踊り手たちにはお腹(なか)がないぞ!
跳ね廻るのは勝手だが、大道芝居が長すぎる!
やれやれ! これでは踊りだか戦闘(いくさ)だかもうわかりはしない!
いきり立つたベルゼビュトはやけにヴィオロン掻き鳴らす!

何とまあ堅い踵だ、そのサンダルならすりへることは断じてない!
どいつもこうちも殆どが皮の肌着を脱ぎ棄てた。
何しろあとは骨ばかり、窮屈でもなし失礼でもない。
頭蓋骨には、降る雪が白い帽子をかぶせてくれる。

罅(ひび)の入つたその頭(あたま)には鴉がとまつて羽根飾り、
痩せた顎には肉が一きれぶらりぶらりと揺れてゐる。
それは譬へば陰鬱な乱戦の裡できりきり舞ひする
鯱張(しやちこば)つた勇士どもの張子の鎧がぶつかるやうだ。

うわッ! 北風が骸骨どもの大舞踏会に吹きつける!
黒々とした絞首台は鉄製のオルガンのやうに唸り出す!
それに応へて狼どもは紫色の森をうろつく。
地平の涯では、大空が血の池地獄の真赤な色……

さあさあ、僕から払い落せ、この空威張りする陰気な輩(やから)を、
陰険極まる此奴(こやつ)どもは、折れた太い指先で、
その蒼白い椎骨の上、恋の数珠玉爪繰つてゐる。
あいや亡者ども、ここは僧院ではござらぬぞ!

おやおや! いま、棒立ちになつた馬のやうに飛び出して、
死人の踊りの真ん中に、真赤な空で跳ねるのは、
また一つ、気狂ひじみた大きな骸骨。
首にはなほも固い綱が巻きついてゐると感じてか、

十の指を大腿骨の上でヒクヒク痙攣させれば
その大腿骨は冷笑によく似た音で軋り鳴る。
さて此奴(こやつ)は、道化役者が小屋の奥に引つ込むやうに、
も一度ガタリと跳ねかへる、骸骨どもの唄に合はせて踊りの中で。

愛嬌者の不具(かたわ)の手棒(てんぼう)、あの黒々とした絞首台で、
そのかみの武人(もののふ)どもが、踊るわ、踊るわ、
悪魔の家来の痩せこけた武人(もののふ)どもが、
回教王(サラダン)麾下の骸骨どもが。


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