帰 郷

柱も庭も乾いている
今日は好(よ)い天気だ
  椽(えん)の下では蜘蛛の巣が
  心細そうに揺れている

山では枯木も息を吐(つ)く
ああ今日は好い天気だ
  路傍(みちばた)の草影が
  あどけない愁(かなし)みをする

これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている
  心置(こころおき)なく泣かれよと
  年増婦(としま)の低い声もする

ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云(い)う

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ひとくちメモ

名作が続きます。
噛めば噛むほどに味が出てくる
珠玉の作品の列。

詩篇一つひとつの見事さばかりでなく
詩篇の配列にも妙があり、

詩群の選択および配列に
物語のような
構成の意図がありますから
そのことをも味わいたいものです。

「帰郷」という詩は
東京を遠く離れた場所のイメージを
スパッと拓いてみせますが

戦いに敗れて
生まれ故郷に帰省した
兵士ではなく、

故郷に錦を飾った実業家でもなく
かといって
蕩児(とうじ)の帰郷でもない

詩人の帰郷は……
帰郷それ自体が詩であったようですし、
一時帰省でありました。
帰郷も詩作の旅の
途中のことでした。

最終連
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う

ここには、深い悔恨に打ちひしがれる詩人はいません。

褒められるような業績を
いまだに形にしていない詩人です。
むしろ
吹きつける風に向かって
風の問いに答える詩人が
風の中に凛として立っている姿が見えてきます。


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