(何と物酷いのです)

何と物酷(ものすご)いのです
此(こ)の夜の海は
――天才の眉毛(まゆげ)――
いくら原稿が売れなくとも
燈台番(とうだいばん)にはなり給(たま)うな

あの白ッ、黒い空の空――
卓の上がせめてもです
読書くらい障(さまた)げられても好いが
書くだけは許してください

実質ばかりの世の中は淋しかろうが
あまりにプロパガンダプロパガンダ……
だから御覧なさい
あんなに空は白黒(しろぐろ)くとも
あんなに海は黒くとも
そして――岩、岩、岩
だが中間が空虚です

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ひとくちメモ

(何と物酷いのです)は
原詩にはタイトルがなく
角川全集編集委員が
便宜的に
第1行目を仮題とする慣わしに従ったものです。

前々々作「春の夕暮」や
前作(題を附けるのが無理です)あたりから
恋を離れ
詩人の目は
外界に向けられるようになったようです。

外界といっても
風景ではなく人間。
人間といっても
どうやらかなり近くの存在。
今日話したばかりの彼っていう感じの誰かへの
皮肉のような詩。

そうであるから
誰彼と特定できてはまずいので
超難解に見えるけれども

読書くらい障(さまた)げられても好いが
書くだけは許してください

この2行で
どうも
無遠慮な夜襲(無断訪問)をかけられて
辟易している詩人の姿が
浮んできたりします。

詩人は
読書を妨害されるくらいなら
我慢できたのですが
詩を書くのを妨害されるのは
耐えられませんでした。

近辺の文学青年の群れ(または個人)に

いくら原稿が売れなくとも
燈台番にはなり給ふな
(いくら原稿が売れないからといって、きれいごとばかり言ってしゃあないよ)

実質ばかりの世の中は淋しからうが
あまりにプロパガンダプロパガンダ……
(食うためだけの人生は淋しそうだが、それにしても宣伝ばかりじゃないか)

そして――岩、岩、岩
だが中間が空虚です……
(頭は岩のように硬いクセして、中身は空っぽじゃないか)

激論を終えて
一人になって
あれこれ思い出して
書き留めたのでしょうか。

泰子は
向こうの部屋で
スヤスヤと寝息を立てていましたかな?


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